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ホステスの心得

ヒストリー|10~13歳

10歳|本当の地獄の幕開け

10歳|本当の地獄の幕開け

10歳|本当の地獄の幕開け

最初で最後の心霊体験は最愛の祖父

  • 肺がんを患い、入院からわずか半年で他界。まだ満54歳の若さ。
  • 良い人は早く亡くなるって本当だね、と全員が口々に言っていた。
  • 葬儀には500人以上が参列し、祖父を慕う大人達がわき目も振らず大号泣していた。
  • 参列者の姿を見て、いかに祖父が世間から愛され尊敬されていたかを実感する。
  • 葬儀後の通学初日、向かいからこちらへ歩いてくる祖父と遭遇する。
  • 私に気付くと道を曲がって坂道へ行ったので追いかけたら姿がなくなっていた。
  • 後にも先にも、亡くなった人を見かけたのはこのとき限り。
  • たくさんの思い出があるはずなのに、祖父の姿はこの記憶しかない。

 

祖父他界により虐待加速、家がもっともキケン!!

  • 祖母は待ってましたといわんばかりに夜遊び開始。
  • 深夜まで家には私以外誰もいない生活が始まる(最短帰宅で0時とか)。
  • 食べ物がなく近所の畑から野菜を盗むように(おかげで今も野菜嫌い)。
  • 熱したフライパンやオーブントースター、線香やろうそくで体を焼かれ始める。
  • 極寒の夜は裸で庭に縛られ、家の柱に縛られ、一晩中身動き取れないのも日常。
  • このころから物を捨てられることが増える(大型家具以外、何も残らない)。
  • 家に人がいるとろくな目に遭わないので1人でいられることに安堵するように。

 

形あるものはいずれ、すべて消える

  • あるとき祖父の形見を捨てられ、言いようのない衝撃を受ける。
  • ファザコンで祖父命の母が、躊躇なく祖父の形見を捨てた心理が理解不能だった。
  • このときから私は物に執着がなくなり、大切にしなくなった。
  • 形あるものはすべて、どんなに大切に思っていても、大切にしても、いつかなくなる。
  • 形のないもの、私の心や脳にあるものは誰にも奪われない。幼心に学んだ教訓。

 

11歳|「殺される」が一番の悩みだった小学生

11歳|「殺される」が一番の悩みだった小学生

一度だけ母が見せた本心@母と娘って一体なんだろう

  • 同居していた叔父(母と祖母の仲裁役だった)が結婚して家を出る。
  • 母と祖母の険悪の仲が絶好調に高まり、殺し合いに発展しかけることが増える。
  • 親子喧嘩を見ていて本気で家を出ないと私も殺される、と思うようになる。
  • 危機を感じつつ「親子でこんなに憎み合えるものなんだな」と冷静に考える面もあった。
  • 客観的に見て母に対する祖母の言動はひどかったし、母が気の毒だった。
  • 一度祖母と母の仲裁に入ったとき「それでも親?わが子によくそんなひどいことが言えるね、親子でしょ?」と祖母に言ったら「もういい!この人に何を言ってもムダ!!親と思ったことなんかない!!」と泣きながら母が部屋に駆け込んで行った。
  • 母はとても繊細で感受性の強い人なので、祖母の言動に本当に傷付いてきたんだろうなと実感した唯一の出来事。

 

犯罪の規模、意図せず小学生の域を軽々と超える

  • 仲の良い同級生が質屋の娘で、よく遊びに行っていた(先方の親は嫌がっていた)。
  • 偶然書斎で現金を数えるおじさんの姿を目にし、ハッとする(悪い意味で)。
  • お金があったら逃げられるんじゃないか、違う人生になるんじゃないか、と考える。
  • 再び遊びに行ったとき、隙を見て50万ほど入った封筒を盗む。
  • 怖くて使えず隠していたが、ひょんなことで母にばれる。
  • 謝罪に行った同級生の家で殺されかけ、友達家族が必死に母を止めるナゾの事態に。
  • その子はその後も変わらず接してくれ、中卒まで仲がよかった。ありがたい。

 

母上、あのお金はどこへ消えたのでせうか。

  • 不思議なのは、盗んだお金の行方がまったく分からないこと。
  • 母は返金のために仕事を増やして日夜働いていたし、私が使ったと思いこんでいた。
  • 誰がどこにやったのか、結局分からないまま終わった。
  • 誰も口にしなかったが、たぶん祖母が使い込んだんだろうと思っている。

 

12歳|飢えるとは、人間でいられなくなること。

12歳|飢えるとは、人間でいられなくなること。

監禁1.5ヶ月、餓死するところだった!!!

  • 家がイヤで逃げ場を求めるように父の存在を探すように。
  • 戸籍謄本を取得したことが母にバレ、半狂乱で暴れる母の言葉で初めてDV野郎と知る。
  • 前例がないほど叱責と暴力を受け、自宅に監禁され本当に餓死しかける。
  • 心配した校長が自宅に来て発覚、救助後病院直行(おかげでおかゆ系が大嫌い)。
  • この校長は2年前に赴任、直後からいつも校門で私が登校するのを待ってくれていた。
  • 私を見かけるといつも校長室に招き入れてくれ、お茶と羊羹を出してくれた。
  • 他愛もない話ばかりしていたが、私が家庭について何か言うのを待っていたと思う。

 

年齢偽って人生初の勤労、仕事って楽しい!

  • 年をごまかして喫茶店でバイトを始める。
  • ここから食費や諸々の購入は全部自分で働いたお金で賄うように。
  • よく働くいい子と可愛がられたが、卒業時期に年齢がバレてクビになる。

 

13歳|このご時勢に売り飛ばされる濃い1年

13歳|このご時勢に売り飛ばされる濃い1年

時給換算すると10円だった鬼ブラック精肉店&歌にハマる

  • 精肉店でバイトを始めるも、1ヶ月フル勤務で1万円しかもらえず。
  • 見かねた生活指導の先生に新聞配達の仕事を紹介してもらい、やっと生活安定。
  • 年齢を偽らず学校公認で働けたことがとても気楽で、働くことも楽しかった。
  • 鼻歌程度にカーペンターズを学校で歌っていたら3年生にバンドへ誘われた。
  • これ以来、歌と歌い手が別人格、と意味不明な賞賛を多方面で受けるように。
  • 歌うだけで誰かが喜んでくれる、というのが不思議な反面、とても嬉しかった。
  • 演劇よりも歌っているほうがはるかに楽しく、23歳まで続けた。

 

5000万の借金は13歳の孫のせいだから売り飛ばしちゃう

  • 祖母が5千万の借金をしていたことが差し押さえ通知で発覚、叔父と母が激ギレする。
  • 借金は私を養育するためだったと祖母に言われ驚愕(実際は着物や宝石を買ってた)。
  • 祖父の退職金や年金も使い潰し、浪費をやめられない祖母に母が怒り狂い、関係悪化。
  • 祖母に違法風俗店へ売り飛ばされる。驚愕を通り越して絶句の状況に。
  • 戦時中からある青線地帯の店で暴力団が運営しており、嫌がると容赦なく殴られた。

 

ネコと再会、家族より優しかった青線地帯の女性達

  • ある日「若頭が来る」と騒ぎがあり、見るとネコだった(小学時に仲良しだった子)。
  • このときネコから自殺未遂の件を聞き、私は命の恩人だと言われる。
  • ネコが話をつけてくれたらしく、もう働かなくていい、二度と来るなと追い出される。
  • 借金がどうなったかは不明だが、これ以降祖母は憎悪の対象でしかない。
  • 最悪だったが、そこで出会った女性(オール60代以上)達はとても優しかった。
  • 戦時中に売られ、壮絶な経験をし、終戦しても故郷に帰れずにいるお姉さん達。
  • その人生を思うと私はまだマシだなあ、なんて思っていた。

 

児相に一時保護、めでたく虐待認定。・・・で?っていう。

  • 家出を繰り返すようになり、学校へも行かず。児童相談所に一時保護される。
  • 男性職員に入所検査として丸裸にされ、細かくチェックされ超絶屈辱を味わう。
  • 虐待認定を受けたが、正直「・・・だからなに?」以外感想なし。現実変わらず。
  • こんな最中に祖母は自主的に少年補導員になり、バカじゃないかと心底思っていた。
  • 2週間ほどいたが、当時の児相は「無能の集まり」で有名だったので親元に帰される。
  • 通所を強制されるも道中母に叱責・暴力を受けるため、必要性が全く理解不能。
  • お母さんも大変なのよ~とか、わかってあげて~とか毎回言われてイライラした。

 

唯一無二の親友のおかげで死なずに済んだ中学時代

  • 当時きょうだいのように仲良くしていた男の子がいた(実際に双子と間違えられた)。
  • 余計なことを言わない&聞かない、毒舌で妙にドライな優しい子だった。
  • お互いに彼氏彼女がいるにもかかわらず、毎日何時間も長電話をしていた。
  • 20時~翌1時くらいまで話してるのがあたりまえ(お風呂も食事も電話しながらw)。
  • かなりの電話代になっていたはずだが、なぜか双方の親は何も言わなかった。
  • ある日「死んだほうがラク、何のために生きるのか」と言った私に「うーん、何のために生きるのかは分からないけど、俺はおまえがいなくなったらやだなあ。親友が死ぬのは寂しいなあ」と彼が言った。
  • そんなふうに思ってくれる人がいることに驚きつつも嬉しかった。
  • 彼ほど大切に思い、彼以上に私を理解してくれた友達はいない。
  • 彼の「また電話する」という言葉に支えられて生きていたな、とつくづく思う。

 

 

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