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秋好玲那のヒストリー

秋好玲那のヒストリー

こんにちは。ホステス専門アドバイザー
秋好玲那です。→目次はこちら^^

ここでは、
ホステスの心得管理人:秋好玲那の
ヒストリー&経歴をお伝えしています。

これでも大幅に省き、後々に関わる
大きな出来事だけをピックアップ
しています(笑)

私にとってはすべて終わったことで
笑って話せる内容になっておりますが、
読む人にとっては少々衝撃らしいので、
ご注意ください。

秋好玲那という人物がどういう人間か?
が少しでも伝わりましたら幸いです。

現在の私のビジネス

心理学や脳科学、マーケティング、
体験談を軸に、

  • 認知行動療法を土台にしたメンタルプログラム運営
  • 現役ホステスさんへのコンサル業
  • オンライン起業したいホステスさんへのコンサル業
  • メンタルカウンセラー業

をメインに事業を行っています^^

ヒストリー

クリックすると、詳細を読めます^^

▼ 【1歳】昭和の時代に孫連れ出勤

町で有名なほどオシャレだった母、
ブティックの店員で頭角を現す。

当時母子家庭は今ほどの支援体制がなく
朝から夜遅くまで働いていた。

社会経験のない祖母は、朝から晩まで
働いている母を理解できず
「きちがい」だの何だのと毎日罵り、
母の娘である私の世話を拒否していた。

今でも議論になる
子連れ出勤に負けず劣らず、
昭和の時代に祖父は孫連れ出勤。

だって、
家に置いてても誰も面倒見ないし、
下手すると死んじゃうからねw

▼ 【2歳】最古の記憶、熱湯風呂

アトピー性皮膚炎と
蕁麻疹がひどかったため、
痒みで泣き叫ぶこと多々。

食べられないものが多く、
家事嫌いな祖母のおかげで
いつも湿疹だらけ。

あるとき痒みで泣いていると、
母から大人も手をつけられない熱湯に
押し込まれる。

怪訝な顔で祖母が近寄り
「体裁が悪い」と泣き叫ぶ私の口に
タオルを詰め込む。

普段は壮絶不仲なのに、
なぜかこういうときだけ結託する
母と祖母。

そこからダチョウ倶楽部の如く、
熱湯風呂が定番に。

▼ 【3歳】レイプされたのか?

真向かいの家に住んでいた
男子中学生にほぼ1年間、
延々と性暴力を受ける。

定かではないが、
あらゆる状況や記憶の断片的に、
挿入されたんだろうと思っている。

何をされてるかは
明確に分かっていたが、
誰にも言わなかった。

すでに自分に起きたことは
言わない習慣がついていた。

祖父が
キャバレーに連れて行ってくれた。

妖艶で賢そうな女性がたくさんいて、
煌びやかで華やかな世界と
ショーに惹き込まれた。

これを機に
私がショーに興味をもち始めたらしく、
祖父が劇団に入れてくれた。

▼ 【4歳】異常行動と文化への関心

周りと自分の家庭との違いに
だんだん気付き始める。

大人がゾッとするほど、
鋭い目つきをしていたらしい。

ヒマがあれば
紙をひたすらはさみで切り刻む、
様子のおかしな子だった。

異様なほど
絆創膏や包帯をしたがっていた。
他人が構ってくれるから。

既に不眠症を発症。

母から滅多打ちに合い初骨折。

真冬の積雪時に裸で庭に縛られ、
体に積もっていく雪で
幼心に死を覚悟する。

顔面をドア枠角に打ちつけ鼻骨折、
未だに鼻が若干曲がっている。

ジャズバンドに所属していた祖父の
影響でジャズ、クラシック、オペラ、
アメリカンポップスに興味を持ち、
エド・サリバンショーにハマる。

民謡や日舞をやっていた祖母の影響で、
着物に興味を持ち始める。

教養高い母の影響で絵画や文学に
興味を持ち、百科事典や辞書を好み、
美術館に行きたがる。

▼ 【5歳】母の子は死にました。・・・ん?

やたらと怪我が多く
異常行動もあったため、
保育園ではよく気にかけてもらった。

母をママとは呼んでいたが、
母親という認識は皆無、
あだ名のような感じ。

母の部屋には、1歳くらいの女の子の
写真が大切そうに飾ってあった。

写真を見ながら
「この子は死んだ、可愛かったのに」
とよく言っていた。

子どもを亡くしたんだな、気の毒に、と
同情していたが、後にその写真が私だと
知り、死んだことになってる!と
驚愕する。

▼ 【6歳】大人は勝手ですなあ。

昭和の時代にレディガガ状態だった母は
異常者扱い。

親のことを再三言われたのに
まだ母親だと思ってなかった。

あんな人に育てられてかわいそうに、
と周りの大人が言うように。

人生で初めて
「私はかわいそうなのか?」と
疑問を抱く。

幼心に「かわいそう」という言葉に
著しく不快感を抱いた。

表面的な言動と本心が違うんだ、
ということに気づき始める。

嘘をつくな、と激ギレする大人達が
お世辞や陰口を言う姿に
大混乱するように。

「何をしたら怒られないか」より
「何が真実なのか」を知りたがるように
なる。

周囲の大人達からは怪訝な顔をされ
「不気味な子」と
距離を置かれるようになる。

▼ 【7歳】アルコール禁止令発動

なぜか黙っていても目立ち、
いじめられることもしょっちゅう。

子どもなのにどこか達観した、
異様に大人びた言動が多かった。

母は自分と同等の知識量と理解力を私に
強要し、できないと夜通し殴られた。

机に縛られ勉強、
背後で常に母が見張り、
答えが違うと正解するまで殴られる。

このトラウマで、今でも後ろに
黙って立たれると思考が止まる。

神経性胃炎で搬送され医師に
「子どもなのに」と驚かれる。

全ての数値が人の半分以下、肝臓は
極端に弱くアルコール分解できないと
宣言され「絶対にお酒は
飲まないように」と言われる。

▼ 【8歳】命は入れ替え制です。

飼っていた犬がある日突然、姿を消す。

叔母が妊娠し出産で帰省するため、
「汚いから保健所にやった」と
祖母に言われる。

生まれてくる命のために犬の命が平然と
抹消されることに、衝撃を受ける。

いつも庭に放り出されると
寄り添ってくれた犬だったので、
祖母に強い憎悪を抱いた。

今でもこの犬の写真を
デスクに飾っている。

やがて叔母が出産、祖母に「おまえは
もう用なし、今日から犬小屋で暮らせ」
と外に出される。

私も抹消されるに違いない、
と真剣に考えた。

これを書いた作文が全国で金賞を取るが
1ミクロンも嬉しくなかった。

偶然にも雑誌で国宝級の地獄絵図特集を
目にし、私はこの中にいる、と恐怖を
抱く(未だ見れず)。

▼ 【9歳】飢えを凌ぐ策を練る小学生

祖父が国鉄を退職、
関連旅行会社へ転職。

添乗員として全国を飛び回るようになり
家を空けることが増えた。

祖父不在が続くと
給食以外に食べるものがなくなり、
飢えを凌ぐ術を考えるように。

空腹で人生初の万引き、
警察がドン引くほど血まみれになる。

殴られている最中に
母の長い鋭利な爪が左目を命中、
緊急手術。

手術は目を開けていなければならず、
壮絶な恐怖を味わう。

この影響で強い光に極端に弱くなり、
通学もサングラス着用。

トラウマで未だにまつエクや
コンタクトなど一切できず。

▼ 【10歳】祖父他界、唯一の記憶

肺がんを患い、
入院からわずか半年で他界。

葬儀後の通学初日、向かいからこちらへ
歩いてくる祖父と遭遇する。

たくさんの思い出があるはずなのに、
実は祖父の姿は
この記憶しか残っていない。

深夜まで家には
私以外誰もいない生活が始まる。

食べ物がなく近所の畑から野菜を
盗むように(おかげで今も野菜嫌い)。

熱したフライパンや
オーブントースター、線香やろうそくで
体を焼かれ始める。

極寒の夜は裸で庭に縛られ、
家の柱に縛られ、
一晩中身動き取れないのも日常。

家に人がいるとろくな目に遭わないので
1人でいられることに安堵するように。

このころから
物を捨てられることが増える。

あるとき祖父の形見を捨てられ、
言いようのない衝撃を受ける。

このときから物に執着がなくなり、
大切にしなくなった。

形あるものはすべて、
どんなに大切にしても、
いつかなくなる。

形のないもの、
私の心や脳にあるものは
誰にも奪われない。

幼心に学んだ教訓。

▼ 【11歳】殺し合いやら窃盗やら忙しい

母と祖母の険悪さピーク、
殺し合いに発展することが増える。

本気で家を出ないと私も殺される、
と思うようになる。

生命危機を常に感じつつも「親子で
こんなに憎み合えるものなんだな」と
冷静に考える面もあった。

よく遊びに行って友人宅で、偶然書斎で
現金を数えるおじさんの姿を目にし、

「お金があったら
逃げられるんじゃないか」

「違う人生になるんじゃないか」

と考える。

隙を見て50万ほど入った封筒を盗み
母にばれ殺されかける。

その子はその後も変わらず接してくれ、
中卒まで仲がよかった。ありがたい。

不思議なのは、盗んだお金の行方が
まったく分からないこと。

たぶん祖母が使い込んだんだろう、
と母も私も思っている。

▼ 【12歳】餓死しかけたから働こう。

逃げ場を求め父の存在を探すように。

戸籍謄本を取得したことが母にバレ、
半狂乱で暴れる母の言葉で初めて
DV野郎と知る。

前例がないほど叱責と暴力を受け、
自宅に監禁され本当に餓死しかける。

心配した校長が自宅に来て発覚、
救助後病院直行。

年をごまかして
喫茶店でバイトを始める。

ここから食費や諸々の購入は
全部自分で働いたお金で賄うように。

よく働くいい子と可愛がられたが、
卒業時期に年齢がバレてクビになる。

▼ 【13歳】孫は売り飛ばしちゃえ♪

精肉店でバイトを始めるも、
1ヶ月フル勤務で1万円しかもらえず。

見かねた生活指導の先生に
新聞配達の仕事を紹介してもらい、
やっと生活安定。

祖母に5千万の借金が発覚、
叔父と母が激ギレする。

私を養育するためだ、あいつのせいだ!
と祖母に言われ驚愕。

実際は着物や宝石を買ってた。

祖父の退職金や貯金、年金も使い潰し、
浪費をやめられない祖母に母が
怒り狂い、関係悪化。

祖母に違法風俗店へ売り飛ばされる。

家出を繰り返すようになり、
学校へも行かず。

児童相談所に一時保護される。

虐待認定を受けたが、正直
「・・・だからなに?」以外感想なし。

2週間ほどで親元に帰される。

こんな最中に祖母は自主的に
少年補導員になり、バカじゃないかと
心底思っていた。

これ以降、
祖母は憎悪の対象でしかない。

▼ 【14歳】エロ担任以外はいい先生

担任にやたらとセクハラを受ける。

セーラー服をミニスカートにしたら、
担任が喜んで毎回スカートめくる、
廊下で押し倒される、
パンツに手をかけられる事態に。

母の暴力加速。
遭遇を避け、夜は外で過ごすように。

夜通し逃げるため、
昼間は学校へ行かず自宅で寝て、
母の休日だけ学校へ行く生活。

周囲の悪行で一緒に補導されることは
あったが、何もしてないので
少年課の刑事からはいつも

「おまえ、染まらないなあ」

とナゾの感心をされていた。

先生たちにも散々迷惑をかけたが、
学年関係なく嬉しそうに声をかけてくれ
立ち止まっていろんな話をしてくれたし
聴いてくれた。

先生たちが毎日、通る必要のない私の
家の前をわざわざ通って通勤してくれて
いたことも知ってる。

心配してくれてたんだな、
と気づいたのは10年後。

▼ 【15歳】母を殺す手段に悩む

母に2階のベランダから突き落とされ
膝を負傷、入院。警察出動の大騒ぎに。

少年課の刑事が
母と壮絶なバトルを繰り広げる。

次は殺されるかも、
その前に殺すべきかと真剣に悩む。

家を出ないと
母親をいつか殺すような気がして、
一刻も早く大人になりたかった。

生活指導の先生が
「自立の覚悟があるなら高校には行け」
と特待入学できる高校を探してくれた。

長年続けてきた演劇で
特待入学が決まる。

卒業式の日、生活指導の先生から

「おまえには色々手がかかったけど、
誰にも暴力を振るわなかった、
それだけは本当に偉かったな」

と成績表を渡される。

通算半年も出席しなかった
私の欠席理由は「病欠」。備考欄には

「環境さえあれば優秀な生徒であったと
確信している。それを大人が
整えられなかったことが大変悔やまれ、
憤りを禁じ得ない」

と書かれてあった。

少年課の刑事からも
「無力で申し訳ない」と謝られた。

家庭には恵まれなかったが、外の
大人たちにはとても恵まれたと思う。

もう何も返せないけど、
この出会いがなかったら
道を踏み外したかもしれない。

▼ 【16歳】高校退学&自殺未遂&ホステスデビュー

高校進学はしたものの、
私立で何かとお金がかかり、
一層バイトの日々。

母と祖母の関係は修復不可能なレベルで
2人が接触する度に
刃物類を隠すのが常。

だんだん
私の人生って何なんだろう、
と思うように。

その態度が気に入らなかったのか、
また母に監禁されそうになり、
慌てて家出する。

担任がかくまってくれたものの、
両親と同居とはいえ異性の家に
一泊したと学校で大問題になり、
担任が解雇寸前になった。

「担任が責められるのはおかしい」

と言ったら

「あなたは黙ってなさい」

と言われ、
私のことなのに黙ってろだと!?
と腹が立ち、
じゃあ私が辞める、とその日で退学。

家を出て自立しようとする私に、
母は半狂乱からの自殺未遂。

周囲から「おまえのせい」と言われ、
虐待って自己責任なのか!と驚愕。

あちこち面接に行くものの、
16歳と聞いただけで社会不適合者と
罵り否定、ダメ人間の烙印を押される
日々。

それまで学歴に何の感情もなかったのに
社会から学歴コンプレックスを
植えつけられる。

居住を確保できる仕事を探したところ
「ジャズバンドの生演奏のあるお店」と
書かれた求人を見つけ、即面接へ。

小さな会員制のパブで、
水商売人生のスタートとなる。
(水商売とは知らなかった)

常連が連れてきた弁護士が忘れ物をし、
届けに行った弁護士事務所内で
強姦未遂&脅迫被害に遭う。

▼ 【17歳】50万円失くしても大丈夫♪

クラブへの移籍を決め、
本格的にホステス業に邁進。

移籍先のクラブは
地元でも一番の高級ビルにあり、
有名人も大勢来ていた。

当時はまだバブル崩壊直後で名残も
あり、チップとして万札が当たり前に
もらえたし、同伴の食事代が
ウン十万なのもめずらしくなかった。

初報酬が50万円以上あり、
あまりに嬉しくてスキップで帰ったら
気がつくと手に持っていたはずの
カバンを紛失(振り回しすぎw)。

それでも生活に困らないだけのチップと
お客様がいろいろと買ってくれるので、
ちっとも困らなかった。

▼ 【18歳】金の切れ目は縁の切れ目

バブル崩壊の現実が少しずつ表面化し、
売掛を飛ばれるお姉さん達が続出。

何百万、何千万の売掛が借金となり、
風俗嬢に転身していく姿を
数えきれないほど見た。

中には殴られ蹴られ売り飛ばされ、
監禁状態で身体を売らされる人も。

昨日まで笑顔で接していたお客様の
会社が倒産したと分かった途端、
手のひらを返して門前払いするお店も
たくさんあった。

そういうお店には
平然と「どちら様?」と言うママや、
「貧乏人来るな」と蹴り出す黒服が
いた。

金の切れ目が縁の切れ目、エグい。

人間関係って何なんだろうと
疑問を抱く。

ちなみに仕事の師匠と出会ったのは
このころ。いけ好かないヤツでした。
(おまえもな、と言われそう笑)

▼ 【19歳】13歳の私を買った人ですね!

新しいお店で勤め始め、
ある組織の組長さんと
船乗りのお客様にやたら気に入られ、
結婚してくれと再三言われる。

あるとき組長と下の人と会話から、
聞き覚えのある店名が飛び出した。

忘れもしない、
13歳のときに売り飛ばされたお店。

会話から察するに
私を買った組織のトップだと気付き、
一気にフラッシュバック。

その日でお店をクビになる。

▼ 【20歳】エロ教師しかおらんのかーい

20歳の誕生日に新しいお店へ入店、
偶然来店した中学教頭に力ずくで
ホテルに連れ込まれ、
またしても強姦未遂被害に遭う。

しかも営業中に、
ママが許可を出した先での出来事。

まままままさか
これが噂の特攻ですか!!

同時期に中2時代の担任と偶然再会し、
「20歳になったんだからいいだろ」
と押し倒される。

お金を稼ぐか、体を差し出すか。

どちらかじゃないと
私には何の価値もないんだなと
しみじみした年。

そして公立中学には、ガチのエロ教師が
いるんだな、ヤバイな!と知った歳。

大人になるって厳しいわー(。-`ω´-)ンー

▼ 【21歳】年上の女性は敵意むき出しさ

夜の仕事がイヤになり、
短時間のバイトレベルに制限して、
パチンコ店でコーヒーレディを始める。

私1人しかスタッフが派遣されない
店舗で休みも月1回の店休日のみ、
1日12時間労働だったが楽しかった。

常連のおじさんたちがお昼ご飯に誘って
くれたり、景品でほしいものを取って
くれたり、負けた日もわざわざ

「今日は負けたから帰るね!」

と声をかけに来てくれたり。

やがてオヤジキラーの異名を授かり、
このころから年上の女性に過剰な敵視を
向けられるようになる。

どうやら女性陣には、私が媚びを売って
いるように見えたらしい。

おじさん達は「働きすぎ」「痩せすぎ」
と心配してくれてたんだけど。

▼ 【22歳】初めて「家族」を知る

自動車学校へ行くため
コーヒーレディ卒業、
ホステス業本職に戻る。

自動車学校でも
やたらおじさん教官に可愛がられ、
女性教官に敵意を向けられる。

中でも学科主任は本当の娘のように
可愛がってくれ、実際に私を
「うちの長女だよ」と紹介し、
家族の中に引き込んでくれた。

家族ってこういうことなんだな、
帰る実家があったらこんな感じかな・・・
と初めて家族のイメージが変わった。

この出会いがなかったら、私は確実に
お客様の家族にまで思いを馳せることは
できなかったと思う。

▼ 【23歳】妊娠&母と決別&支援活動

交際相手(元黒服)との間に妊娠発覚。
途端に男が音信不通で逃げる。

しかも「できちゃった」のではなく
「作ろう」とオマエが
言ったんですケド・・・

「で、結局金がほしいわけ?」

というクソ台詞を吐いた上で
姿をくらました。

病んでると変な男を掴む、の典型。

産むには(いろんな意味で)
実家に帰らなければならず。

帰ったその場で母から
これまでにないほど滅多打ちにされ、

「自分が一番不幸だと思うなよ」
「ざまあみろ」

と言われた瞬間、
この人とはもう本当に無理だと悟る。

子どもは流産、その後妊娠の可能性は
著しく低い身体に。

この日以来、
今も親族の誰とも会ってない。

体中アザだらけで顔もひどく怪我を負い
流産したにも関わらず、入院を断り
夜は出勤したという奇怪な私。

同時期、ある人に声をかけられたことを
機に対人支援(性暴力・虐待など
暴力問題)に参加、
心理学の勉強を始める。

▼ 【24歳】レイプ=蚊に刺された程度?

ある日突然視力を失い、仕事どころでは
なくなるも虚偽と扱われ診断下りず、
またもや生きるか死ぬかの状況に。

状況を知った上で仕事を
させてくれたのはデリヘル1店舗のみ。

そこで派遣された
ある自宅で集団レイプに遭い、
裸で外に放り出される。

激怒したお店のスタッフが
警察に連れて行ってくれたが、

「楽して稼ごうとすると
そんな目に遭う」

「人数分のお金もらえばよかったのに」

「まあ、蚊に刺されたと思って」

「これを機にまともな仕事しなさいよ」

と笑って言われたことで「私が
変わらない限りずっと底辺なんだ」と
自分の現実を自覚する。

失明状態は後に解離性障害と判明、
半年ほどで回復したのでホステス復帰。

この事件を機に
人生を変えてやる!と一念発起。

▼ 【25歳】気付いたらナンバーワン!

人生を変えたい一心で
無我夢中だった1年。

ナンバーワンになったことすら
ママに言われるまで気付かず。

いろんなことが一気に激変して、
正直そこについていくことが精一杯で
戸惑うことも多かった。

でも、ナンバーワンになったり、
売上や報酬が上がっていくことよりも
お客様がくださる気持ちのほうが何倍も
嬉しかった。

このころ
パートナー(通称:鬼将軍)から
言われたことは、

「自分の足で立てるようになれ。
俺がいないと生きられないような女になるな。
何かあったら助けに行ってやる。
でも自分で切り抜けないといけない
こともいっぱいある。何かあったら、
誰かの手を取れるところまで自分の力で
逃げて来い」

彼女に言う言葉か?と思いつつ、支援の
現場で「人を支援したいなら支援者が
まず自立していなければならない」と
厳しく言われていたことを思い出す。

▼ 【26歳】年商億達成したのに悔しい!

元ナンバーワンのお姉さんがママになり
お店は私とママのお客様で常に
満席状態でお断りすることも多かった。

年商1億に乗り、人生でもっとも
華やかなバースデーを終えた1ヶ月後、
オーナーママからの電話で事態急変。

これからは分かってくれる人を
大事にしよう!と決めた年。

▼ 【27歳】ママになり赤字立直しに奔走

前店を辞めてからホステスをそのまま
引退しようかと考えていたところ
あるお店のオーナーから赤字の立直しを
打診される。

ホステスとして働いている最中だったら
確実に断ったと断言できるほど、
悪条件。

でも挑戦したことのないケースが
おもしろそうに思えて「私のやり方に
口を出さないでもらえるなら」と
引き受けた。

聞いていた以上の赤字で潰れる寸前、
30人キャパでお店はいつもガラガラ、
女の子はやる気のない子が1人だけ、
オーナーの彼女が営業妨害をする、
という最悪なスタート(笑)

幸いにも3ヶ月程度で黒字経営になり、
お客様から独立を勧められるように
なる。

▼ 【28歳】独立ってめちゃくちゃ大変!

独立するつもりはまったくなかったが、
お客様方があまりにも言うので、
何かしら恩返しになるのならと決意。

準備そのものも大変だったが、
見えないお金がガンガン出ていくことに
驚きの連続。

数千万があっという間になくなる現実に
祖母が作った5千万の借金を思い出し、
ただの浪費でこの金額を使った挙句に
売られたのかと思うと一層腹立たしさが
増した。

パートナーは身体を心配し
OPEN当日まで
「俺は行かない!」と怒っていたが、
いざOPENしたら我が店かのように
経営方針を語っていた。

出店が決まってからの1年は
ほとんど記憶にないほど忙しかった。

こんなに大変だと分かっていたら
もっと謙虚に働いたのに・・・!と本気で
思うほど、ほんっっっとに忙しかった。

▼ 【29歳】チチキトク、スグカエレ!

接待利用と個人利用の需要を分けるため
2店舗目出店。

どこから聞きつけたのか叔父や叔母から

「あんたはうちの家系で一番出世すると
思ってた。ちょっとお金用立ててよ」

「お金を貸してくれ」

「ホステスで成功するくらいだから
いい女になったんだろうな、おまえと
一発ヤッておけばよかったなー」

という電話が入る。

うちの親族って本当にクソなんだな!と
改めて痛感するとともに、家庭に
恵まれなかった分人に恵まれたな・・・と
実感。

逆に親族がかわいそうな人達に思えた。

忙殺されていたある日、
父代わりだった人が末期がんで
余命1週間と連絡を受ける。

最期に笑顔で会えてよかった。

▼ 【30歳】子宮頸がんですね

子宮頸がん発覚。

女としての人生は終わりです、
と言われたような気がして少々凹む。

人生を振り返って「もうホステスとして
は十分やりきった」という思いと、薄々
感じていた変動の波を再認識し、
黒字経営のうちに引退を決意。

お客様方には驚かれたが

「おまえは自由にやって成功した
ヤツだから、自由にしたほうがいいよ」

と快く受け入れてくれた。

引退までの間は全国からお客様が
駆けつけてくれたり、ガラケーで
メールも打てないお客様が全国の
産婦人科を調べて一覧表を送って
くれたり。

私のホステス人生は本当に恵まれた、
幸せなものだったんだな、と痛感。

同年、最後の出店でクラブをOPEN。

▼ 【32歳】アドバイザーREINA誕生

23歳から続けた支援活動、
支援の現場に嫌気がさして団体を抜け、
個人で活動することに。

ここからネット起業やブログ集客、
Webマーケティングなどを学び始め、
ネットを介した支援活動を開始。

まだまだ被虐待当事者として顔出しで
活動する人がニッチだったこと、
「被害者も加害者も作らない支援」と
いうコンセプトが受け、メディア取材や
講演依頼などが増える。

あまりにも暴力の話ばかりの日常に
なってしまったので、息抜きのつもりで
ホステスブログを作ったら予想外に
相談が殺到。

殺到するだけならまだしも、匿名性を
生かして無礼者・非礼者が湧き、
ストレス過多になり
有料制に切り替えた。

そう、
ホステス専門アドバイザーREINAは
ただの個人ブログだったのであーる。

無礼者・非礼者が湧かなかったら、
今でも無料で相談受けてたかも(笑)

▼ 【33歳】「自立」を深く考えた衝撃

支援活動で、ある少女と出会う。

守秘義務のためここには書けないが、
あまりにも衝撃すぎて、人を自立させる
ことの限界を見たような気がした。

前々から

「心のケアだけでは
虐待児を自立させることは不可能だ」

と訴えてきた身だがこの子には社会に
出るという選択肢そのものがない。

何があれば、
この子は自立して生きていけるだろう。

正直、今も答えが出ない。

そして何年もの間、その答えを
出すためにずっと模索し、彼女のような
子に何か選択肢になるものが
作れないかと考え続けている。

この出会いは今もなお、私の人生に
大きな影響を与え続けている。

同年、黒字経営のうちにお店売却。
水商売から完全撤退。

 

こうした環境で育ったので、
コンサルだけでなく、
カウンセリング業も行っています。

コンサルの場でも、
個々のトラウマやPTSDなどを考慮し、
メンタルフォローも行っています。

心に傷がある、暴力被害経験がある、
なぜか物事がうまくいかない、など
メンタルに問題を抱えている場合も、
遠慮なくご相談くださいね。

⇒ご相談はこちら

 

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