秋好玲那の経歴(ヒストリー続編)

こんにちは。
ホステス専門アドバイザー秋好玲那です。

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ここでは、私、REINAこと秋好玲那が社会に出てからのことをお伝えしています。

ざっくりと「こんな経験してきたよ」というヒストリー続編なので、数値的な実績が知りたい方はプロフィールを、幼少期~社会に出るまでの育成歴を知りたい方は、以下記事をお読みくださいね^^

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管理人のヒストリー&経歴一覧です。いちいち濃いですがこれでも簡易に書いたほう(笑)トリセツも記載してまいります。

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秋好玲那のヒストリー
秋好玲那のヒストリー

読む人にとっては少々衝撃らしいのでご注意ください。

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16~20歳|自殺だ水死体だ水商売だ。

▼ 【16歳】高校中退は社会不適合者です

家を出て自立しようとする私に、母は半狂乱・自殺未遂。周囲から「おまえのせい」と言われ、虐待って自己責任なのか!と驚愕。

あちこち面接に行くものの、16歳と聞いただけで社会不適合者と罵り否定、ダメ人間の烙印を押される日々。

それまで学歴に何の感情もなかったのに、社会に学歴コンプレックスを植えつけられる。

居住を確保できる仕事を探したところ「ジャズバンドの生演奏のあるお店です」と書かれた求人を見つけ、即面接へ。

小さな会員制のパブで、水商売人生のスタートとなる(水商売とは知らなかった)。

常連が連れてきた弁護士が忘れ物をし、届けに行った弁護士事務所内で強姦未遂&脅迫被害に遭う。

▼ 【17歳】50万円失くしても大丈夫♪

クラブへの移籍を決め、本格的にホステスデビュー。移籍先のクラブは地元でも一番の高級ビルにあり、有名人も大勢来ていた。

当時はまだバブル崩壊直後で名残もあり、チップとして万札が当たり前にもらえたし、同伴の食事代がウン十万なのもめずらしくなかった。

初報酬が50万円以上あり、あまりに嬉しくてスキップしながら帰ったら、気がつくと手に持っていたはずのカバンがなくなっていた(振り回しすぎ)。

それでも生活に困らないだけのチップと、お客様がいろいろと買ってくれるので、ちっとも困らなかった。

▼ 【18歳】金の切れ目は縁の切れ目

バブル崩壊の現実が少しずつ表面化し、売掛を飛ばれるお姉さん達が続出。

何百万、何千万の売掛が借金となり、風俗嬢に転身していく姿を数えきれないほど見た。中には殴られ蹴られ売り飛ばされ、監禁状態で身体を売らされる人も。

昨日まで笑顔で接していたお客様の会社が倒産したと分かった途端、手のひらを返して門前払いするお店もたくさんあった。

そういうお店には、平然と「どちら様?」と言うママや、「貧乏人が来るな」と蹴り出す黒服がいた。

金の切れ目が縁の切れ目、エグい。人間関係って何なんだろう、と疑問を抱く。

ちなみに現在のパートナー(彼氏)と出会ったのはこのころ。いけ好かないヤツでした(おまえもな、と言われそう)。

▼ 【19歳】13歳の私を買った人ですね!

新しいお店で勤め始め、ある組織の組長さんと船乗りのお客様にやたら気に入られ、結婚してくれと再三言われる。

あるとき、組長が下の人と話している会話から、聞き覚えのある店名が飛び出した。

忘れもしない、13歳のときに売り飛ばされたお店。

会話から察するに私を買った組織のトップだと気付き、一気にフラッシュバック。その日でお店をクビになる。

▼ 【20歳】エロ教師しかおらんのかーい

20歳の誕生日に新しいお店へ入店、偶然来店した中学教頭に力ずくでホテルに連れ込まれ、またしても強姦未遂被害に遭う。

しかも営業中に、ママが許可を出した先での出来事。まままままさか、これが噂の特攻ですか!!

同時期に中2時代の担任と偶然再会し、「もう20歳になったんだからいいだろう」と押し倒される。

お金を稼ぐか、体を差し出すか、どちらかじゃないと私には何の価値もないんだなとしみじみした年。

そして公立中学には、ガチのエロ教師がいるんだな、ヤバイな!と知った歳。

大人になるって厳しいわー(。-`ω´-)ンー

 

21~24歳|人生の転機がてんこもり

▼ 【21歳】年上の女性は敵意むき出しさ

夜の仕事がイヤになり、短時間のバイトレベルに制限して、パチンコ店でコーヒーレディを始める。

私1人しかスタッフが派遣されない店舗で、休みも月1回の店休日のみ&1日12時間労働だったが、楽しかった。

常連のおじさんたちがお昼ご飯に誘ってくれたり、買ったときには景品でほしいものを取ってくれたり、負けた日もわざわざ「今日は負けたから帰るね!」と声をかけに来てくれたり。

やがてオヤジキラーの異名を授かり、このころから年上の女性に過剰な敵視を向けられるようになる。

どうやら女性陣には、私が媚びを売っているように見えたらしい(おじさん達は「働きすぎ」「痩せすぎ」と心配してくれてたんだけど)。

▼ 【22歳】初めて「家族」を知る

自動車学校へ行くためコーヒーレディ卒業、ホステス業本職に戻る。

自動車学校でもやたらおじさん教官に可愛がられ、女性教官に敵意を向けられる。

中でも学科主任は本当の娘のように可愛がってくれ、実際に私を「うちの長女だよ」と紹介し、家族の中に引き込んでくれた。

家族ってこういうことなんだな、私に帰る実家があったらこんな感じなのかな……と初めて家族のイメージが変わった。

この出会いがなかったら、私は確実にお客様の家族にまで思いを馳せることはできなかったと思う。

参考ホステスを辞めたいと思ったことはありますか?

▼ 【23歳】妊娠&母と決別&支援活動

交際相手(元黒服)との間に妊娠発覚、途端に男が音信不通で逃げる(しかも「できちゃった」のではなく「作ろう」と言った結果なんですケド)。

「で、結局金がほしいわけ?」というクソ台詞を吐いた上で姿をくらました(病んでると変な男を掴む、の典型)。

産むには(いろんな意味で)実家に帰らなければならず。

帰ったその場で母からこれまでにないほど滅多打ちにされ、「自分が一番不幸だと思うなよ、ざまあみろ」と言われた瞬間、この人とはもう本当に無理だと悟る。

子どもは流産、その後妊娠の可能性は著しく低い身体に。この日以来、今も親族の誰とも会ってない。

体中アザだらけで顔もひどく怪我を負い、流産したにも関わらず、入院を断って夜は出勤したという奇怪な私。

同時期、ある人に声をかけられたことを機に対人支援(性暴力・虐待・DVなど暴力問題)活動に参加、心理学の勉強を始める。

▼ 【23歳】妊娠&母と決別&支援活動

交際相手(元黒服)との間に妊娠発覚、途端に男が音信不通で逃げる。

しかも「できちゃった」のではなく「作ろう」と言った結果の妊娠だったが、伝えると「金払えばいいわけ?」というクソ台詞を吐いた上に姿をくらました(病んでると変な男を掴む、の典型である)。

産むには(いろんな意味で)実家に帰らなければならず。

帰ったその場で母からこれまでにないほど滅多打ちにされ、「自分が一番不幸だと思うなよ、ざまあみろ」と言われた瞬間に、この人とはもう本当に無理なんだなと悟る。

子どもは流産、その後妊娠の可能性は著しく低い身体に。この日以来、今も親族の誰とも会ってない。

体中アザだらけで顔もひどく怪我を負い、流産したにも関わらず、入院を断って夜は出勤したという奇怪な私。

同時期、ある人に声をかけられたことを機に対人支援(性暴力・虐待・DVなど暴力問題)の勉強を始める。

▼ 【24歳】レイプ=蚊に刺された程度?

ある日突然視力を失い、仕事どころではなくなるも虚偽と扱われ診断下りず、またもや生きるか死ぬかの状況に。

状況を知った上で仕事をさせてくれたのはデリヘル1店舗のみ、そこで派遣されたある自宅で集団レイプに遭い、裸で外に放り出される。

激怒したお店のスタッフが警察に連れて行ってくれたが、

「ラクしてお金稼ごうとするからそんな目に遭うんだよ」
「人数分のお金もらえばよかったのに」
「まあ、蚊に刺されたと思って。これを機にまともな仕事しなさいよ」

と笑って言われたことで「そうか、私が変わらない限りずっと底辺なんだ」と自分の現実を自覚する。

失明状態は後に解離性障害と判明、半年ほどで回復したのでホステス復帰。

この事件を機に、人生を変えてやる!と一念発起。

 

25~29歳|全力で駆け抜けた人生のピーク

▼ 【25歳】気付いたらナンバーワン!

人生を変えたい一心で無我夢中だった1年。ナンバーワンになったことすらママに言われるまで気付かず。

ナンバーワンになった最初の売上は、総計400万円にギリギリ届くくらい。

いろんなことが一気に激変して、正直そこについていくことが精一杯で戸惑うことも多かった。

でも、ナンバーワンになったり、売上や報酬が上がっていくことよりも、お客様がくださる気持ちのほうが何倍も嬉しかった。

このころから現在のパートナー(通称:鬼将軍)と付き合い始めたものの、世間の恋人同士みたいなラブラブモード的な雰囲気ではなく。

初デートで言われたことは、

「自分の足で立てるようになれ。俺がいないと生きられないような女になるな。何かあったら助けに行ってやる。でも自分で切り抜けないといけないこともいっぱいある。何かあったら、誰かの手を取れるところまで自分の力で逃げて来い」

彼女に言う言葉か?と思いつつ、支援の現場で「人を支援したいなら支援者がまず自立していなければならない」と厳しく言われていたことを思い出す。

▼ 【26歳】年商億達成したのに悔しい!

元々ナンバーワンだったお姉さんがママになり、お店は私とママのお客様で常に満席状態でお断りすることも多かった。

年商1億に乗り、人生でもっとも華やかなバースデーを終えた1ヶ月後、オーナーママからの1本の電話で事態急変。

「ママから報告受けたけど、あんた、体売ってママの客取ってるんだって?ママがどう扱っていいか分からないって相談に来たわよ。明日から本店に移動しなさい」

もちろんそんなことは一切ないが、ママがあるお客様のことで私を逆恨みし、枕だと言いふらしていることは耳に入っていた。

これだけ売上出して貢献して、これだけ顧客抱えて2ヶ月先まで予約も同伴予定もびっしりなのに、人の都合も関係なく、何が事実かも無視して勝手なこと言いやがって、ふざけるなよ~!

と腸煮えくり返り、ブチ切れて「じゃあ今日で辞めてやるわ!」と退店。

でも本当は、必死にがんばって積み上げても、どこまでいってもそういう目で見られるんだな、という現実に、完全に心が折れてしまった。

あまりに悔しくて泣きながらパートナーに電話をすると、

「それは悔しいな。俺はそんな女じゃないって知ってるし、どれだけがんばってきたかも知ってるよ。全員が敵でも俺が分かってればいいじゃないか。よくがんばったな、もう帰って来い」

と言われ、これからは分かってくれる人を大事にしよう!と決めた。

▼ 【27歳】ママになり赤字立直しに奔走

前店を辞めてからホステスをそのまま引退しようかと考えていたところへ、あるお店のオーナーから赤字の立直しを打診される。

もしホステスとして働いている最中だったら確実に断ったと断言できるほど、悪条件。

でも挑戦したことのないケースがおもしろそうに思えて、「私のやり方に口を出さないでもらえるなら」と引き受けた。

聞いていた以上の赤字で潰れる寸前、お店はいつもガラガラ、30人キャパで女の子はやる気のない子が1人だけ、オーナーの彼女が幅を利かせて営業妨害する、という最悪なスタート(笑)

幸いにも3ヶ月程度で黒字経営になり、お客様方から独立を勧められるようになる。

▼ 【28歳】独立ってめちゃくちゃ大変!

独立するつもりはまったくなかったが、お客様方があまりにも言うので、何かしら恩返しになるのならと決意。

準備そのものも大変だったが、見えないお金がガンガン出ていくことに驚きの連続。

数千万があっという間になくなる現実に、祖母が作った5千万の借金を思い出し、ただの浪費でこの金額を使った挙句に売られたのかと思うと一層腹立たしさが増した。

パートナーは身体を心配してOPEN当日まで「俺は行かない!」と怒っていたが、いざOPENしたら我が店かのように嬉しそうに経営方針を語っていた(単純)。

出店が決まってからの1年はほとんど記憶にない、それほど忙しかった。

こんなに大変だと分かっていたらもっと謙虚に働いたのに……!と本気で思うほど、ほんっっっとに忙しかった(念押し笑)。

▼ 【29歳】チチキトク、スグカエレ!

接待利用と個人利用の需要を分けるため、2店舗目出店。

どこから聞きつけたのか、叔母から「あんたはうちの家系で一番出世すると思ってた。ちょっとお金用立ててよ」と金の無心連絡が入る。

ほとんど会ったことのない叔父からも「お金を貸してくれ」だの「ホステスで成功するくらいだからいい女になったんだろうな、おまえと一発ヤッておけばよかったなー」という電話が入る。

うちの親族って本当にクソなんだな!と改めて痛感するとともに、家庭に恵まれなかった分は人に恵まれたなと実感。逆に親族がかわいそうな人達(嫌味)に思えた。

忙殺されていたある日、父代わりだった人が末期がんで余命1週間と連絡を受ける。

最期に笑顔で会えてよかった。

参考ホステスを辞めたいと思ったことはありますか?

 

30~現在|ホステス引退、次のステージへ!

ここからはホステスではない時間のほうが長いので、これまで質問されたことや、現在の仕事に関係する部分だけをピックアップします^^

▼ 【30歳】子宮頸がんですね

子宮頸がん発覚。女としての人生は終わりです、と言われたような気がして少々凹む。

人生を振り返って「もうホステスとしては十分やりきったな」という思いと、夜の街に薄々感じていた変動の波を再認識し、黒字経営のうちに引退を決意。

ママを雇い、運営を任せる。

お客様方には驚かれたが「おまえは自由にやって成功したヤツだから、自由にしたほうがいいよ」と快く受け入れてくれた。

引退までの間は全国からお客様が駆けつけてくれたり、ガラケーでメールも打てないお客様が全国の産婦人科を調べて一覧表を送ってくれたり。

私のホステス人生は本当に恵まれた、幸せなものだったんだな、と痛感。

▼ 【32歳】アドバイザーREINA誕生

23歳から続けた支援活動、支援の現場に嫌気がさして団体を抜け、個人で活動することに。

ここからネット起業・ブログ集客・Webマーケティングなどを学び始め、ネットを介した支援活動を開始。

まだまだ被虐待当事者として顔を出して活動する人がニッチだったことと、「被害者も加害者も作らない支援」というコンセプトが受け、メディア取材や講演依頼などが増える。

あまりにも暴力の話ばかりの日常になってしまったので、息抜きのつもりでホステスブログを作ったところ、予想外に相談が殺到。

殺到するだけならまだしも、匿名性を生かして無礼者・非礼者が沸いたので、有料制に切り替えた。

そう、ホステス専門アドバイザーREINAは、最初はただの個人ブログだったのであーる。

無礼者・非礼者が沸かなかったら、今でも個人ブログレベルで無料だったかもね!

▼ 【33歳】「自立」を深く考えた衝撃

支援活動で、ある少女と出会う。

守秘義務のためここには書けないが、あまりにも衝撃すぎて、人を自立させることの限界を見たような気がした。

前々から「心のケアだけでは虐待児を自立させることは不可能だ」と訴えてきた身だが、この子には社会に出るという選択肢そのものがない。何があれば、この子は自立して生きていけるだろう。

正直、今も答えが出ない。

そして何年もの間、その答えを出すためにずっと模索し、彼女のような子に何か選択肢になるものが作れないか、と考え続けている。

この出会いは今もなお、私の人生に大きな影響を与え続けている。

同年、黒字経営のうちにお店売却。

▼ 【35歳】私の愛犬は死にません。

愛犬が治療法のない難病と言われる脊髄軟化症を発症、余命2日と宣告された。

・・・・・・が、奇跡的に脊髄壊死が止まり、なぜか助かる。

助かっても首から下は動かせない、植物人間のように寝たきりになる、と宣告を受ける。

・・・・・・が、半身不随で自力排泄はできなくなったものの、お座りしてご飯も食べるし、何なら前足でダッシュもする、現在もすこぶる元気。

さすが私の愛犬、ただでは死なない。

1ヶ月で治療費100万円以上、躊躇なくその金額を出せるくらい稼いでてよかったと心底思った!

これを機に優先順位がガラッと変わって、愛犬最優先の仕事スタイルに。

▼ 【37歳】各地で店舗コンサルしました

この辺りから、各地のお店からオファーを受けることが増えた。

半身不随の愛犬がいて遠方出張がなかなか難しいことに理解を示してくださるお店のみ、受けることに。

高級クラブ、クラブ、キャバクラ、スナック、ラウンジと、一通りのジャンルの立上・経営・教育に携わらせていただく。

中でもキャバクラは私自身に勤務経験がないので、いろんな意味で興味深かった。

※現在は一切受け付けておりません。

また、セッション中のホステスさんからも独立する子やママになる子が出てきたのもこの時期。

成長を見ることができて、一層仕事にやりがいを感じた年。

▼ 【39歳】愛犬、銀座デビュー!!?

もっとも多忙極めた年で、銀座クラブの立上に関わる傍ら、毎週勉強会を開催。

半身不随の愛犬、銀座高級クラブでぶっちぎりの売れっ子ちゃんからお水を無償でいただく(人間だったら高額よ、よかったわね犬で)。

勉強会でも、高級クラブのホステスさんからおやつをもらう(人間だったら一皿2千円は取られるわよ、よかったわね犬で)。

毎週ホステスさん達と会って話したことで、ノウハウよりもメンタルの問題が根深いことを痛感。

試しにエゴグラムを軸にした勉強会を開いたところ、一番の反響があった。

ここからより一層メンタル改善に重きを置き、支援活動で培った心理学の知識や改善法などをセッションにも取り入れるようになる。

▼ 【40歳】セミナー系はもうやりません

人生折り返し地点、そろそろスローペースで仕事がしたいと思うように。

また、勉強会やセミナー、お茶会などを開催しても、やっぱり誰も何も変わらないことを痛感。

※参加者様や内容がどうこうではなく、そういうものなんです。これについては後日記事にします。

よって、今後イベントは一切やらないと決意。

オンライン上で完結し、メンタルとビジネス両面で結果になるプログラム作りに専念することに。

 

現在は、20年近く培ってきた心理学と10年学び続けてきたマーケティングの知識を応用しながら、ホステスさんのメンタル改善とビジネススキルアップのサポートに力を入れています^^

 

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